名張市立病院 谷崎 隆太郎 先生

私は三重県志摩郡(現:志摩市)生まれですが,2006 年に埼玉県の埼玉医科大学を卒業したのち,初期研修は宮城県,後期研修は岐阜県,フェローシップは東京都,と主に三重県から東側を中心に行脚して 2015 年に三重県に帰ってきました.スーパーローテート制度が始まって 3 年目の世代に当たります.
2年間の初期研修終了後は,すぐに後期研修に入るには自分はまだまだ医療の世界を知らなさすぎると心配になり,3 年目は宮城県仙台市にある長町病院という 100 床規模の小病院で一般内科を研鑽しました.その後,整形外科,麻酔科,産業医学も研修したのち卒後 4 年目から後期研修に入ったわけですが,長町病院では,自分が外来で診た患者さんが入院したら自分が担当し,退院後には再び自分の外来でフォローする,通院困難であれば自分の往診枠に入れて訪問診療としてフォローする,そしてまた入院したら自分が担当する,といった医療の「流れ」というものを経験することができました.もともと総合診療やプライマリ・ケアに興味があったのですが,この時点で正直ピンとくる総合診療の後期研修先を見つけることができず,4 年目以降の進路は救急か感染症かに絞っていました.そのどちらに行くか悩んでいたときに,沖縄で開催されたあるセミナーで感染症界の生きる伝説である青木眞先生に直接相談してみると「そりゃあ救急ですよ,救急は大切です,感染症は後からいくらでも十分学べますよ.」と即答されたため,進路を救急に決めました.他にも色々と理由はありましたが,ちょうどその頃,自分の診療水準が低いせいで助かる人を死なせていないか・・・と不安になっていたこともあり,人間の限界を知るために3次救急と集中治療を学ぶことにしました.当時放映されていた人気医療ドラマ「コードブルー」の影響がなかったとは言い切れませんが,フライトドクターも経験できる岐阜大学医学部附属病院高度救命救急センターの門を叩き3年間を過ごしました
(参考資料:http://www.gifu-u.ac.jp/images/02/ibuki/21/p12-13.pdf).その後,重症患者の集中治療は感染症で難渋することが多いという現実を目の当たりにした結果,当時まだ日本では数が少なかった臨床感染症の専門的なトレーニングを受けるため大都会東京へと向かったのでした.
以上の経緯から,現在私は教育の中心に感染症を置いていますが,そもそも患者さんには感染症以外の問題も生じるため,より幅広い問題に対応できる総合診療科に所属しています.中でも,内科疾患から小外傷・整形外科疾患,小児,産婦人科,高齢者まで,ほぼすべての領域の急性期から慢性期ケアを担当する機会があるのが総合診療であり,生物学的な問題だけでなく心理的,社会的な問題に対しても予防から治療まで関わることを生業とするのが総合診療医です.また,教育が総合診療医の重要なミッションと位置付けられており,三重大学総合診療科では初期研修医向けに県内の各病院への出張講義も行っています.この活動の狙いはもちろん,三重県内の初期研修医の臨床能力の底上げです.私も自分の得意分野の一つである感染症を軸に積極的な教育を展開していっています.
みなさんが将来どんな医師を目指すにしても,初期〜後期研修のうちに幅広く学んだことは,その後の新たなステージで知識・経験を上積みする際に強固な土台として皆さんの飛躍を支えることでしょう.私自身,もともと興味があった感染症学の専門研修を始めたのは医師7年目からでしたが,むしろ一般内科や救急という土台があったおかげで患者さんの全身管理に不安を感じることが少なく,感染症学の研修に集中することができました.当時の指導医の一人から「感染症以外を教えなくて良いから楽だ」と言われたことは強く記憶に残っています.
つまり,将来自分が専門とする分野はおそらく一生勉強していくことになるので,そうではない分野を早いうちにしっかりと学び,土台を固めておくことが極めて重要なのです.専門医資格の取得が遅れるのではないかと心配になるかもしれませんが,真の意味で臨床医の能力を担保する情報は「どの専門医を持っているか」ではなく「どこで何を学び,何ができるか」に尽きると思います.
というわけで,総合診療や感染症に興味がある人だけでなく,将来それらの分野でやっていく予定の「ない」人,ぜひ三重県での研修をオススメします.何かを始めるのに早すぎることはあっても遅すぎることはそうそうないので,まずは土台を固めに三重に来てみてはいかがでしょうか.

谷崎隆太郎 M.D.
<主な資格>
日本内科学会認定内科医
日本感染症学会感染症専門医
日本救急医学会救急科専門医
日本プライマリ・ケア連合学会認定医
国際渡航医学会 Certificate in Travel HealthTM
日本医師会産業医

<略歴>
2006年3月 埼玉医科大学医学部卒業
2006年4月 宮城厚生協会 坂総合病院 初期研修医
2008年4月宮城厚生協会 長町病院内科,坂総合病院整形外科・麻酔科,仙台錦町診療所産業医学センター
2009年4月 岐阜大学医学部附属病院 高度救命救急センター 後期研修医
2012年4月 国立国際医療研究センター 総合感染症コース/感染症内科 フェロー
2015年4月に三重県に無事帰還
(詳しい情報はコチラ→http://researchmap.jp/tannychopper/

 

三重大学医学部附属病院 鈴木 圭 先生

「挑戦と感動」

初期臨床研修医の皆さん。皆さんは、現場で医師としてキャリアを積み、まさにこれから無限の空に大きく羽ばたこうとしています。この時期が一番将来について悩む頃でしょう。
僕の研修医の頃(10年を一昔とすると、もうすぐ二昔前になってしまうほど時間が経ってしまいました)を振り返ると、たくさん経験を積んで、技術を磨き、知識を増やすんだという一番気概に満ちた時期でした。多分、今皆さんも同じような気持ちで日々過ごされていることでしょう。
「経験」・「技術」・「知識」は医師にとって大切な要素であることには違いなく、これらの能力が飛び抜けて高い超人もごく稀にいます。しかし、当時は気づきませんでしたが、この3要素は遅かれ早かれ、程度の差こそあれ次第に身についてくるんですね。むしろ、初期研修の場は多くの医師にとって、初めて社会人として世に出るところですから、この3要素以上に、「人柄」を磨き、「人脈」の構築に腐心してほしいと思います。つまり、優秀な医者になる素地として、まず、感じのいい医者になってほしいのです。
医学は、極めて不安定な自然科学の一分野です。だからこそやり甲斐があり、そこに飽くなき挑戦と感動が生まれます。皆さんはそんな素晴らしい世界に飛び込んできたわけです。是非、ともに挑戦し、感動を共有しましょう。三重県は、優秀な医者も、感じのいい医者も、たぶん、多いですし、そんな場所を提供できるところもたくさんありますよ。

https://www.hosp.mie-u.ac.jp/section/shinryo/kansenshonaika/staff/

事務局より
人柄と人脈・・・
・・・
春の日差しのように
ふんわりと、心にしみるメッセージですね。。
三重の宝、世界の鈴木先生です。